日本を含むアジア、米国、欧州の再生ドラム缶業者が集結する「スティールドラム国際会議」が3年に一度開かれます。
本野吉彦は記念すべき第1回大会のチェアマンを担い、昭和62年には「モーリスハーション賞」を受賞いたしました。
「スティールドラム国際会議」という更生ドラム缶関係団体の世界規模の集まりがある。この会議の第1回は昭和45年に京都で開かれた。以来3年に一度、参加各国の持ち回りを原則に世界の主要都市で開かれているが、昭和63年の会議は再び日本が開催国になった。
6月12日からの5日間、前回と同じ会場にあてられた京都国立国際会館には、アメリカ、ヨーロッパをはじめ16の国々から総勢255名が参加、討議と親睦のひと時を過ごした。
日本のドラム缶更生事業は、戦後、駐留軍用のドラム缶を洗浄・補修することに始まり、朝鮮動乱による軍需によって本格化したとされている。そして今日に至っては、省資源・省エネルギーの面から有効な容器としてその重要性はますます高まり、ちなみに平成2年には、実に1770万本がリサイクル使用されるまでに成長した。
このような更生缶業界の発展を、吉彦は早くから予見していたように思える。それというのも、彼がドラム缶の製造を始めたのは昭和7年だが、その数ヵ月後には、早くも再生缶事業を新缶の製造と並行して行なっており、戦後は、逸速く更生缶事業者団体の設立を提唱、さらにこの国際会議の創設にも一役買うなど、幾つかの理由があげられるからだ。
この日、第1回国際会議のチェアマンをつとめた吉彦は、今回は招待客として会議に臨んだ。開会式で挨拶に立った吉彦は、会議の誕生の経緯を披露したあと「18年前の今月今日、同じこの場所で開催されることは、不思議というか、感慨無量です」と、足跡を振り返った。
その吉彦を更に感激させたのは、「モーリス・ハーション国際名誉賞」が与えられたことであった。日本におけるドラム缶事業のパイオニアとしての業績、また業界に対する誠心誠意の貢献などに、組織の全員が吉彦をたたえ、その最初の受賞者に選んだのである。
モーリス・ハーションは、ドラム缶再生業界の国際組織を設立するとともに、スティールドラム国際会議を創設するなど、ドラム缶業界を世界的に認知される業界にまで引き上げたことで知られる。(モーリス・ハーション国際名誉賞は、彼の功績を継承・発展させるために格段の努力をした個人・団体・企業に贈られる賞)
「モーリス・ハーション国際名誉賞」のトップに輝いた吉彦は、当時90歳、”卒寿”を迎えた吉彦には、なによりの贈り物であった。